行く先を問われても困る話をずっと続けていたら乗ったはずの始発がいつの間にか海沿いをまっすぐ走っていて目に入ってくるのは山の上に立つ小さな観覧車か海の向こうの島。降りたくても降りれない列車。一度目を閉じればまた別の山にいる。町はない。本当に遠いところまで来てしまったみたいだ。本当遠いところからここまで毎日のように来ていたようだ。物理的距離はいくらでも覆せると体現したかった。骨の一本や二本折ろうとも動くことだけはやめたくなかった。心さえ息をしていたら大丈夫。無限を知らない方がいつまでもそれを持っていられるようで、そのあとはもう
変な家
投げてくれた言葉に対しては全て話すことはできるから好きに話して。君はどうしてここにいるの?わからないし、わかりたくない。そうかぁ。本当に壁が好きでしょうがないんだね君は。それしか無いって言い聴かせながら生きていたら本当にそうだったのを知った。それが、最近。なにを考えながら生きてる?何も考えていない。きっとそうだとは思いながら聴いた。そうか。それがなくなったらどうする?どうしようか。どうもしたくない。いや、それは嘘。ごめん。1人でもきっと壁をつくると思う。つくってからどうする?とにかく外に出て人に会って話してもっと居心地がいい場所をつくってそこに違和感を感じたらすぐまた居なくなるな。猫みたいな生き方。死に際は誰にも見せたくないな。
差舞
定刻通りに店を閉めてゆっくり飲ませてもらう時間。今日はもうお互い仕事をしません!という合図はキャンドルの灯りを吹き消す動作な気がして、そういうのが似合わなすぎる2人なのが可笑しくて1人笑いを堪えていた。「ネットで買ったけどサイズが合わなかったから。」といってRUDEのアロハシャツを頂いた。2、3ヶ月前には「ネットで買ったけどサイズが合わなかったから。」とRUDEのコートも頂いた。4、5年前には「ネットで買ったけどサイズが合わんかったから。」とRUDEのデニムを頂いた。ここまでくると不安になってくる。最近芋焼酎が美味しくてしょうがないという話を聴いてもらったらナカシマセイジの昔話を聴かせてもらったりして、2杯飲んで帰宅。2杯で済んだのに、帰ってからそれなりに飲んで、起きた時はまだ酔っ払っていた。外はもう暑い。前回のスタジオはまだ肌寒く長袖で向かった記憶があるが今日はTシャツにサンダル。人と共に時を過ごせばいつか思い出したくなる空気匂い気温湿度声が脳裏にこびりついてそれらが自分の内側にある大きな地層となっているのかと気づいた。夏がくる。

要る要らない
唯一言葉を追い越すことができるもの。ざばぁんと身を預けてどこまで流されてみよう。音楽で疲れた心は音楽でしか癒すことができないことに気づいた時は嬉しい気持ちもあれば、もう、これは、クセみたいなものなんだろうなと納得した。
2000枚程のレコードやCDを手放して随分とすっきりした心。何度聴いても身にならなかったモノ、これからの人生に要らないモノ。もっと高く飛ぶには身軽な方が良いの一心で売り払い、金にするのもなんか違うなと思ったものは近しい人は託したりALFFOに寄贈したりしている。これを続けるたびに「本当に物に執着がないな。」とセイジさんに言われるが決してそんなことはない。もう吸収し尽くして、俺の中で役目を果たしたものはきっと誰かの何かしらにもなるであろう、なってほしいなというエゴの塊なだけである。音楽が持つ力に圧倒されてばかりの2026年で、立っているのもやっと。かといって動けなくなってしまっては意味がないので。

光の速度
眠りたくて横になってみても脈はずっと早くて遠くへいってくれない意識。昔は眠ることがなによりも好きで、平気で20時間ベッドの上で居ることができたのに。追いつきたくて追い越したくてようやく走り方が見えてきたから駆け出してみたもののとっくに光はそこには居なくて、きっかけだけ勝手に貰ったフリしてたらみんな消えていく。止まる理由なんかないからどうせ走るけども。未だに勝手のわからない気持ちと身体があるおかげで文字通りの気絶を果たすまで、足が駄目になる程走ってここへはもう二度と帰らないと何度決めたことか。遠のく町に手を振って旅を、いつまで続けることができるのか不安になる瞬間は腐るほどあった。そりゃ、光の速度で生きていたらいつか潰えることもあるかと納得して諦めようとした矢先にとんでもない速度で発振と発光を繰り返し続ける生命体を何度か目にして脳が覚めた。ずっと好きでいさせてくれる人や物や場所に適うものなどそりゃないわな。

最近はずっとNOT WONKのGrapeばかり聴いている。あとはピアノガールの全部。
lil
操作は自制にも該当することに気づいていよいよなくなった逃げ場を焼き払う為に絶えず飲み続ける酒、酒、酒。自分の手垢を一切感じさせない人や場にとにかく意味を持たせた。惹かれるものがあった。不在だけでは足りないである。存在していた証などもってのほか。窓を開ければ入ってくるノイズをかき消すための音楽か、無音を彩るための音楽か、気持ちを加速するための酒みたいな使い方する音楽か、帰る場所がないフリするための音楽なのか、言葉を使わない会話をする為の音楽か。電気消したのに明るい部屋。鍵閉めたのに開く扉。果てしないのに行く明日。東の通りは人で溢れているのに誰もいない。埃被ったピアノの音と火薬の匂い。本棚の中にずっと居たい。土足で音楽の上に立つな。

ピアノガール
2月7日(土)京都のUrBANGUILDへ余類のワンマンを見に行った。初めて足を運ぶ場所だったが、好きな人たちが皆口を揃えて「あそこはかっこいい場所。」と言っていた通りに内装も音も何もかもグッドだった。余類のワンマンも山や川や海のように敵わない大自然の如くとんでもないパワー。真夜中の青黒い海は安心をくれるときもあれば、とんでもない不安に駆られることもある。心掻き乱され最終的にはまた宇宙に吹き飛ばしてくれるようなライブをブチ喰らって、ぎゅうぎゅうのフロアをかき分けてバーカンでハートランドを買って喫煙所に向かうともう知ってる人しかいなかった。安堵。非常階段の方には山登りでもするんかいなという服装をしたカイシュウが1人横になりながら煙草吸っていたのでそこへいき十分ぐらい話した。なんてないことを。少しずつ減っていく人、灰皿の横には秋さんがいた。なんてないことを数分話してから何かを思い出したかのように携帯を開いて秋さんの口からとんでもない言葉が出てきた。「これさ、まだメンバーにもなんも言ってないからどうなるかわからんのやけど、見て。」と携帯に書き綴られたメモに目をやると「◯◯◯、ギターアキラ召喚」的な言葉が。「まじすか、はっはーーーええんですか、そりゃやりたいですよ。」とヘラヘラ笑いながらその日は終えた。余類のとんでもないエナジーと秋さんの言葉を抱えながら乗る阪急電車はやけに長く感じた。それから数日過ごして、現実味や弾きたい気持ちが次第に膨らんでいったので秋さんに連絡を入れた。気持ちが変わっていなければ是非、やらせてください。と。2分後にはOK!的なかわいいスタンプが返ってきた。その辺りから去年抱えていたあらゆる不安が身体から消えていくのがはっきりわかった。
4月23日(木)ピアノガールで入る初めてのスタジオ、今まで感じたことのない爆音が3時間。休憩は無し。散々聴いてきた曲たちにギターを重ねることの尊さや感動は一切なかった。Hue'sで曲をつくっている時と同じ感情しか産まれなかった。聴力における1番上の音域が死んだほどの耳鳴りにふわふわしながら喫煙所でビール3本飲んでから帰ったっけ。秋さん、長友さん、ヨネさん、南條さんと自分の5人でヘラヘラしながら酒を飲んでいる時間は何故か異常な安心感があった。これもHue'sのスタジオ終わりにダラダラと飲んでいる時と同じ時間の流れ方。自分がピアノガールでギターを弾きたいだなんて1ミリも思ったことがなかった人生だった。秋さんの隣にはいつも絶対的なギタリストがいたので。
16才ぐらいからハタチぐらいまでかな、"いつか漫画で見た。"を出した直後ぐらいから毎回のようにライブを見にいってとんでもない気持ちに多分50回くらいなってきた。秋さんはもちろんのこと、ひろきさんに執拗に憧れた。気づけば秋さん以外誰も居なくなってしまった、A級が始まって、俺の中からピアノガールは一度完全に昇華されきっていった。Hue'sを始めて数年経ってから友達の豪くんがピアノガールに何故か入ることになり、何度も対バンしてきた。それだけでも俺の中では夢のような日々。高松tooniceへ連れて行ってもらった時のピアノガールは本当に理解不能なライブをしていたので疲れて外に煙草吸いに行った。もりかずもそこにいた気がする。それでも、俺や龍、みずやんの中にはずっとピアノガールの幻影や亡骸にはずっと惹かれ続けていて、東京でライブを終えての帰り道、ズタズタになった身体でひたすらアクセルを踏み続けてなんとか三重ぐらいまで戻ってきた明け方にはピアノガールのデモ作を全て入れたMDを流しながら十三まで走って、次は大国町でその次は寺田町。みんなを送ってから煙草一本吸って尾崎までもう1時間。もう動かしたくない身体もピアノガール流せばなんとかなってきた。
何か書き記しておきたいなと思っていたけれど結局バタバタして気絶の毎日。今日はついにライブ。ピアノガールへの愛なんかもう永遠に書けるけど、uremaもそれと同じぐらい好きで、この2バンドは2012年ぐらいによく対バンしていてPangeaで見たツーマンが今も忘れられない。どっちもPangeaの青い壁がよく似合っていた。深海の記憶とよろめく旅人、夢見る機械。初めてこの組み合わせを見たのは確か同年夏のシャングリラ。uremaのドス黒い塊に高2の俺は吹き飛ばされて、最後のヒポコンデリーでトドメを刺された。次に出てきたピアノガールは透度がずっとすごくて、拍が難しいけど歌だけはずっと飛んできた。17才で見覚えのある海に連れて出してくれて、最後のエレキナイトで突然ビンタ喰らったみたいな衝撃を今も覚えてる。どちらもシャングリラの赤が似合っていた。流石にCD欲しくなって「今日やってた曲が入ってるの、どれですか?」と物販に立っていた人に尋ねて"いつか漫画で見た。"を買った。多分長友さんが対応してくれたと思う。uremaは"死の家の記録"を買って帰った。当時高校の友達におすすめしても誰も聴いてくれなくて、mixiやTwitterでピアノガールとuremaをきっかけに仲良くなった人が数人いた。それだけでも十分嬉しかったけれどHue'sを始めてからはピアノガールのことが好きな人が沢山現れ始めた。みずやんとはHue's組む前から何度もピアノガール見にいってベロベロになってを5回ぐらいやった。好きで在り続けることの意味ってちゃんとあるようで、今日はのびのびとギターを弾きたい。ライブが終わったらurema見ながら飲んで踊りたい。最近気づいたけれど、俺はもう踊っていたいだけの人生を大事にしたい。


DEATH TRANCE YOU ASSHOLE
“ROPE - Long ver. - “に恋焦がれて苦節8年、しばらくやってくれなくて物足りない気持ちのままライブが終わることばかりだったが今日の1曲目で演奏された”ROPE - meditation ver. - “により疑問の念が全て浄化された。前回見た時は結成20周年記念ツアーの京都MUSEでその時も同じ1曲目だったがリズムマシンのピッチが少し高いことに違和感を感じながらも進んでいく曲。さらにはOGRE YOU ASSHOLEの地獄みたいなLowがMUSEでは再生できないんだなこれはと気づいてからはもう集中力が切れてしまい満足度で言うと40%程だった。ハコ選びというのは大切だ。かといって大阪城野音に多大なる信頼があるわけではなかった。日比谷野音はしっかり大きな音を出してくれるし壁や天井という概念がないからか嫌味な硬いHighとLowは一切ない。が、大阪城野音の周辺はあまりに人が暮らす市街地すぎるからか音量制限が厳しく、今まで何度か遊びに行ったことがあったものの「音ちっちゃい。余裕で話せるレベル。楽しいけどうーん。」な印象でしかなかった。それを遥かに飛び越えてきた今日の音響には本当に驚いた。脳に響く具合で言えばいつの日かフジのレッドマーキー深夜帯に見たバッキバキのオウガと同等。幸運にも会場内で最もど真ん中の座席を手にすることができていたので視界も音も完璧な条件。まさかのMAKE ONE TWOがフード/ドリンクの出店をしていて美味い酒も飲めた。
”ROPE - meditation ver. - “9分半やってからダダダダとフェードインしてくるシーケンサー、待ち時間/家の外がもうきた。リリース当初はクソ長いイントロからAメロに入る瞬間を出戸学はよく見失っており中々気持ちよく踊らせてくれなかったけれど今となってはライブにおける起爆剤になっていてまんまとブチ上がってしまう。12分に及んだダークテクノが勝浦さんのフィルを合図に終わる、と見せかけて区切らずそのまま知ってるギターリフが始まった。”朝”のあのリフである。イントロ、Aメロ、Bメロをぶっ飛ばして間奏から始めやがった。もはやこれはDJの手法だ。お手上げだ。お手上げで俺はもう踊り酒飲み笑い狂うしかできなかった。「高校生が考えた最強のメドレー!」みたいなパワープレイをオウガがまさかやるとは。なんとも見事なAメロまでの着地を魅せてこれまで見た”朝”のテイクを更新してきた。照明のDeath味も異常だった。これまた12分ほどのデストランス”朝”が終わればいつもの流れで”見えないルール”へ。分かっていてもFoo!!と叫んでしまう。Aメロに入る1小説前で叫ぶアニキは今日はいなかった。あいつの雄叫び、結構アガるポイントなのに。2サビ後のテクノタイム(レッドマーキー深夜帯のオールテクノアレンジを経て定番化)も磨きがかかっていて、馬渕さんの遊びに笑いが止まらなかった。ひたすらにDeathを放つ馬渕さんとは対局に救いのコードストロークする出戸学。天国と地獄が同居している音楽は本当に素晴らしい。1年半前ぐらいからやってるアウトロのフリージャズ的ギターソロはシュルレアリスムすぎてずっと理解不能だったが今回はあまりに音がデカすぎてようやくぶち上がることができた。やりすぎる箇所はとことんやりすぎた方がいいみたい。この辺りでようやく勝浦さんの修羅すぎるドラムのヤバさも目に入ってきた。音無しで見るとあのフォームはもうパンクだ。”見えないルール”も結局10分超やっていた。10分を超えてからようやく曲になるのかもしれない。最後の”ワイパー”では今まで善人だった清水さんが常軌を逸したBRASSMASTER BASSを響かせて、それはもうバカでかい斧か大剣かハンマーだった。モンハンのヤマツカミ戦かラオシャンロン戦が頭の中で再生された。ギター2本の艶っけも聴いたことないほどにクリアで蕩けていた。クリーンでも歪みでもない曖昧なギターサウンドは真空管アンプや実機のテープエコーならではのサウンドで感動的と言う以外に形容し難い。kanekoayanoはギター2本ともトランジスタアンプを使っている上に右手が結構派手なストロークをするので良い比較対象になった。トランジスタでガツガツ弾くとただでさえ速い立ち上がりのアタックに更に角が立ちまくって聴き疲れする。しっかり調整されて使いこなされた真空管アンプでは絶対にそうはならない。OGRE YOU ASSHOLEは曲、音、アレンジ、照明、音響、ライブ写真、アートワーク、それらの為の機材、どの観点で見ても素晴らしいことをとんでもないレベルでやり続けている。話が逸れた。”ワイパー”アウトロの雷が落ちる部分はもう環状線が止まるか大阪城が崩落するんじゃないかというレベルでLowが出ていた。でもうるさくないしギターの輪郭もドラムの躍動も全てはっきり見える。理解不能である。オープン前に駅前のグッド角打ちで飲むため早く着いていた今日、駅から出るともうリハが聴こえてきた。”ワイパー”だった。これはもう日光浴しながらオウガのリハで飲むべと酒を買おうと公園内のローソンに入ると有り得ないLowが店内に響いていて、まさかとは思ったが、本番でぶちくらって確かになった。家族連れと観光客でパンパンだったローソンに響き渡っていたのは間違いなく”ワイパー”のやばいLowだった。異常空間すぎるだろ。当たり前の10分に及ぶ”ワイパー”終え本編が締まる。アンコールは”バランス - twilight edition - “でしっかり外気欲を浴びせてくれて完全終了。アウトロであんなにギター弾きまくるアレンジは初めて見た。決してキラキラはしてないけど霧がかかっている道をハイビームで照らしてるような出戸学のギターが非常に良かった。あと3分ぐらいやってほしかったな。
地方では実験途中みたいなライブばかりしやがって、コノヤロウとしばらく不満だったがやっとスッキリした。OGRE YOU ASSHOLEは1時間尺で頭から攻めにきてるセットが個人的に好きなだけなのかもしれない。
そういえば、撮影がどの程度OKなのかずっと気になっていたので入口や会場内の張り紙を隈なく見た。今日の注意書きは【プロフェッショナルカメラでの撮影禁止】。なんとも曖昧な表現である。iPhoneでライブ映像をフルで撮って勝手にアップロードして広めてくれということを示唆しているのだろうか。まぁそれはないか。 一体どれが悪質で、そうでないかって難しい問題だ。録音禁止とは一切書かれていなかったのでパソコン持ち込んでインターフェース繋いでコンデンサ2本立てるとかはいいのか...!?まで思ってしまった。このままでは老害になってしまう。ルールやマナーは難しい。


大きい風
3月14日(土)ALFFO RECODSでのライブをなんとか終えた。年始あたりに決めたこの日をどう運ぶかが絶えず脳に居たので解放された今はすっきりした気分。龍と2人でやることに対しては、恐らく最も言葉以外でのコミュニケーションを取ってきてそれで10年近く成立している仲なので心配は一切なかった。悩みでありその何十倍も楽しみだったのがアルフォでのライブにおける音響周りを全てセイジさんが任してくれたこと。本当に良い音が鳴る空間で、遊び甲斐しかなく非常に贅沢な悩み。素人ながらに良いか悪いか面白いかそうじゃないかくらいの判断はできるので安価ではあるが定番のマイクを揃えたり多分大丈夫...なクラシックプロの様々な形式のケーブルを買い揃えて用意した。なんといっても、Blue Bendyアーサーが満足いく形で演奏できる環境をつくりたかった。所謂ライブハウスという場でなくとも素晴らしい空間があるんだよと知ってほしい気持ちが大きかった。そんな準備をぶち壊すかのような彼のライブは怒りや悲しみが一ミリも起きないほどに不安と戸惑いのゲリラ。俺はもう笑うことしかできず、ボブや美陽さんに翻訳を頼るか、力技で話すことしかできなかった。もちろんその意思がパニック状態に陥った心に届くことはない。もう誰も彼を止めることはできないし場が成立するなんて今夜は無理なのか。と悟った瞬間に「ギター、弾くか。」とグレッチを手に取りフェンダーのミニアンプに直挿ししてアーサーのめちゃくちゃなチューニングのルートだけ捉えて龍が半ば強引に参加した。アーサーは55分間見せることなかったポジティブな表情になり上機嫌にギターを弾きながらなんとか歌い始めてくれた。しかし彼の昂った気持ちが先をいきすぎて俺のボードを踏みつけ(機材は全て貸していた)どこかのパッチケーブルが外れ止まる音。1.5秒の完璧な間で入るみずやんの「もうアン直やろ!」のツッコミに俺の体は1秒足らずで反応しギターから伸びたシールドをブルースブレイカーにイン。3分ほどではあったが誰もが予想できない素晴らしく有り得ない時間が流れた。また龍とみずやんの存在に助けれられた。それが俺の中だけ、というのは今まで何度もあったがそれが完全なる対外的な部分で発生し、成立した。とんでもない男である2人は。そういったトラブルシューティングがあった故に龍とのライブの記憶はシラフであれど1割程しか残っていない。気づけばSEOさんのDJで爆踊りし、次の記憶は全てが静まり返ったアルフォでセイジさん美陽さんボブ龍の5人で飲んでいた時間。
いや、そんなことはないな。完全終演の30分前くらいに野中が遊びにきてくれて、互いの近況や世に対する不満をぶちまけあう時間もあった。野中はいつからか、然るべきタイミングで現れてくれるし遊びに行った場で思わぬ遭遇をし深々と話し込んでくれる助かる存在。なによりも、Hue'sのPAとしてとんでもない音をスピーカーから空気伝って出力してくれる。定期的に話す度に同じようなことで悩んでんのな〜とヘラヘラ笑いながら酒を飲む。昨年末ソーコアでライブした時には今もなお俺の心に深く突き刺さってる言葉をポンッと言ってくれて凄く心が楽になった。詳細は書かないが、その言葉を俺に言ってくれる人は西には野中、東には湊くんしかいないと思う。素晴らしいPAをしてくれる人はアーティスト以上にアーティストなのだ。それで言うとヤギカイシュウや小川美陽、2人はHue's以上にHue'sを体現しているのではないのか?とこちらが怯んでしまう程の表現者であるのです。RAYDIANCEをつくりあげ、路頭に迷っていた俺を掬い上げてくれたのは間違いなくこういったHue'sの剛性が高すぎるチーム。強度がないものって結局残らんやろという俺の嘆きを「ほなら、これをこうして、こうやったらHue'sらしいし、イケてない?」と絶えず提案してくれる最強のチームがいつからか居てくれるのでHue'sは今も成立しております。ライブに来てくれたり音源を聴いて想いを馳せている方々が居るのであれば、野中と湊くんと美陽さんと海州に「ありがとう。」とどこかで遭遇したら伝えてください。俺たちがひたすら曲をつくり続けてもこの人たちがいなければ形に成らないのです。ものすごく話が逸れた。今日は寝ることにする。

写真 : 小川美陽
Only the Voids Stands Between Us
2025年はRAYDIANCEをリリースしてそれ以降見事なまでに燃え尽き、生きず待っているだけの時間を6ヶ月程過ごしてしまった。その間に2019年から在籍していた事務所兼レーベルも抜け、一瞬ではあるが当時は永遠とも思えてしまう程のドス黒い渦中があった。そんな中に絶えず来るライブのオファーを削りに削って今まで以上にライブ一発における破壊力を上げるに徹した結果毎ライブとんでもない空気を放っている実感があった。先月/去年末のFireloopでのライブがそれを全て物語っていたと思う。一度崩壊しかけた集合体をどうにか持ち直した我々に恐れるものはもう何もない。
言葉が溢れるのはどんな時も変わらずで、吐露できる場がブログという形式以外に生活の中で沢山できたことが更新に至らぬ唯一の原因ではあるがやっぱり一人でつらつらと書き記していくことは大昔からの癖でもあり、過去に自ら書いてきたことに死ぬほど引き上げられてきたのでまた書いていきたい。noteのアカウントも作ってはみたものの配列やレイアウトがどうもしっくりこずやっぱりhatena blogで書いてしまうのはアナログ至上主義みたいでどうにかはしたい。
新年を迎えてから俺が散々飲んだり遊んだりしてきたALFFO RECORDSで働かせてもらっている。2020年から手伝わせてもらっている高早楽器技術/TRIALにも変わらず行っている。30を迎えたということもあってこれからの人生は今まで以上に好きなことしかしたくない気持ちが肥大し続けてALFFOセイジさんに直談判してみたらすんなりオッケーを頂き最近は日中、楽器をいじくり回し陽が落ちたら酒を提供し続けながら海外の現行インディーやチバの声を爆音で浴び続けていたら1日が終了する。音楽という存在の側に身を置いていたい気持ちだけでこのように好き勝手生きていけているのが自分でも不思議なくらいだがこんなベクトルで生きていきたいヤツって意外と居ないのな、とも思う。
所謂スランプというものを抜け出せたのは昨年11月のサイキックフェスでライブをしたのが大きくて、Hue'sのテイクが常軌を逸していたのはもちろんのこと、その後レイとトー横で死ぬほど飲んで気付けば数年会ってなかった友達と飲んでいて機材車を根來に全て任し東京の知らぬ場で目が覚めて一人フラフラ電車を乗り継ぎながらセイジさんに教えてもらった渋谷のTangleに小川さん(Hue'sの最近のアートワークやライブ写真/映像をやってくれている人)と行き着いた1日半があったのが非常に大きい。終電で大阪まで帰りながらTangleで教えて貰った音楽をずっとリピートしながら聴いていた時間がハタチになる前と同じ心持ちそのもので、音楽をやっていて良かったと初めて想えた。ギターを弾いているだけでこうなれるのであれば、いくらでも弾いて生きたい。




Hue'sのライブは極減しておりますが最近試験的にラジオを録ってみたのでそのうち挙げます。やり方は無限にある。